ライター

文章が書けない…スランプになったのは人の目を気にしていたから

2018年11月にフリーランスになってから約1年半。

マイペースにライターの仕事をしてきたつもりだったのですが、継続していたプロジェクトが終了した4月の末頃からどうにも文章が書けない。あれ?これはもしやスランプでは?

記事を書くことが辛くなっていた

フリーランスの良いところは、好きな時に好きなだけ仕事ができるということですが、逆に返せば無限に活動できてしまうということでもあるんですよね。

フリーライターになってから1年半。

ライターを始めた当初は、「こんなことを発信したい!」「みんなに広めたい!」というワクワクの意欲を持っていたのですが、続けているうちに、「こんな記事じゃ埋もれてしまう」「PV数が上がる質の良いオリジナルな記事を書かなきゃ」と、まず否定から入るようになってしまっていました。

確かに読まれるようなSEO記事や、質の高い記事を書くことは大切だけど、本来の「読者にこんなことを知ってほしい」という気持ちを置きっぱなしにしていては元も子もない。

そして、書いてる本人も楽しくない。

周りのライターと比べては苦しくなる日々

Twitterのライターアカウントを立ち上げてから、ありがたいことに色々なライターさんとの繋がりもできました。

同僚がいないフリーランスとしては、同じ業種の繋がりがあることは嬉しい反面、比べる対象にもなり得ます。

最初は色々な記事を読むことはとても良い刺激で楽しかったのですが、読むことが増えるにつれ、ここが劣っている、ここは優れているなど、勝手に品定めをしているようになっていました。

色々な記事を読むことで、ここは取り入れたい!とポジティブになれることは素晴らしいですが、質を求めるあまり、他人を見下してまで自分の書く文章が素晴らしいと思い込んでいたんですね…。うう…思い出すと恥ずかしい…。

常に100点の記事を納品しなければという意識でがんじがらめに

元々の凝り性と完璧主義に加えて、負けず嫌いというプライドももったわたしは、常に100点の記事を納品しなければという意識で書いていました。

全力で書くことは良いことですが、いつも全力だと疲れちゃう。

しかも、自分が100点だと思った記事だって、ほかの人からしたら80点かもしれませんよね。

100点の記事を納品したという自信のままだと、思ったより伸びなかったときに「なんで…こんなはずじゃ…」と、自分のことを責めがちに。悪循環ですね。

良い記事・悪い記事なんてないのかもしれない

読まれる記事って、本当に予想がつきません。

自信がないまま納品した記事が1番読まれていたり、気合を入れて工夫しながら書いた記事が全然読まれなかったりするんですよね。

そう思うと、本当は記事に良いも悪いもないのかもしれません。

予想が掴めないことだからこそ、担当さんや人の目を気にせず思いのまま書く方が良いのかもね。

もっと気楽に書いていい

スランプに陥った頃のわたしは、読者目線より、担当者さんに好まれるかどうかを基準にしていました。褒められると嬉しいけど、褒められることばかりを期待してしまうと、苦しくなってくるし、自分の色も失われてしまう。

自分色をなくした記事は書いていく内に慣れてしまうのですが、オリジナリティを求められたときに書けなくなってしまうんですよね。

しかも、毎回100点の記事を書くなんて無理。

自分から生み出されたものは良いものであってほしいけど、毎回全力で書いていたらとてもじゃないけど持たない。

だから、もっと気楽に、自分の思ったことを書いて、8割くらいの出来でも良いのかもしれません。

ライターが増えた今、自分の色を出すことが重要となってくるはず

副業する人が増えた今、手軽に始められるライターを選ぶ人も多く、競争率は上がっているなと実感しています。

同じようなSEO記事も飽和しているし、コピーコンテンツも多い。だからこそ尚更、自分にしか書けないオリジナルな文章を書くことが大事になってきているはず。

担当さんからも「オリジナリティ」を求められることが増えました。

依頼された記事だからといって変に身構えるより、誰にウケるか分からないけど、1人でも刺さればOKくらいの気持ちでいた方が楽かもしれませんね。

まだ肩の力は抜けていませんが、健やかにライター生活を送るためにも、人の目を気にせず気楽に書けるようにシフトしていこうと思います。